春の陽気と便意は似ている

映画館の外はまだ明るくて、それは確かに新しい懐かしさ

“今年は”という枕の期限。

1月半ばまでそれなりに調子よく過ごせているはず。

ブログを始めてみると、意外と書くことが無いことに気付く。

労働ばかりの薄っぺらい毎日だ。

(仕事、とは言いたくない変なプライドにより敢えて自嘲的に労働という言い回しを使う。この感覚は、高校生の頃の“バイト”のことを仕事と言えてしまう人々に対する違和感の延長線上にある。)

(実に働いていない人間の顔つきである。)

 

仕事と労働の違いについて、考えるのもダルいのでググる

以下【仕事 労働 違い】でググって出てきた1番上のページより引用。

 

ドイツの哲学者であるハンナ・アーレントは、「人間の条件」という本の中で「仕事」と「労働」を明確に区別しました。

 
アーレントによれば、仕事と労働は以下のように分けられると言います。

仕事とは「人間の個々の生命とは別個に、世界に存在し続けていくモノの創造に関わる営み」
労働とは「人間の肉体によって消費される、必要物の生産に関わる営み」

 

とのこと。

 

おれが今金銭を得るためにしている活動のすべては労働だ。そしてそれを縛るモノは生活である。本当なら今すぐにでもすべてを捨てなければいけない。

 

そしてググって出てくる情報のすべてに価値は無い。

 

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本題。

「来年は、今年は、」と、何回言い合っただろうか。

この時期は目標を語り合うことが許される気がしてとても居心地がいい。

暗黒の00年代を経由した人間にとって、意識を高め合うことは実に恥ずかしい行為だ。意識高い系を揶揄してきたツケが今になって回ってきた。しかし年末年始は浮かれた街の温度に合わせて色んな目標に本気になれるような気がしている。

そんな気分で大口を叩いて回る。

こちらはYouTubeの人気チャンネル令和の虎でお馴染みの岩井社長とトモハッピーさん。店長会にて。ガーシーさんや竹之内社長の件なども含め、今一番“インターネット”している界隈だなぁと思っている。

 

低い日差しが団地に落とす陰に年末年始を感じる。第四学区で生まれ育った性だろうか。

 

「今年は、」はいつまで有効?

Googleトレンドで調べてみる。

「来年は、」は11月の終わりから少しずつ顔を見せ始め加速するが、12月31日できっかり終わってくれる。また、12月中における「今年は、」は総括する意味合いでも使用されているのだろう。

 

1月に入ると一気に今年はが優勢となる。

 

4月頃に「今年は」が少し盛り返すのは年度の変わり目によるものだろうか。

 

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12月はすべてを諦めることが出来るので好きだ。

1月の希望は早いところ形にしないと、呪いのような反動が来て動けなくなってしまう。

 

「今年は、」という魔法の言葉は多分継続している限り有効なのだろう。

期限のあやふやな「今年は、」が12月31日までしっかり続けば良い。

 

特別お題「わたしの2022年・2023年にやりたいこと

(はてなブログはネタに困らぬよういくつかのお題を設定してくれている。それに則ってお題を借りる。テーマに沿った文章を書けば多少はアクセス数も増えるであろうという淡い期待を込めて。)

以下目標

  • 毎日カメラに触る。
  • ダイエットをするし、美容などにも気をつける。
  • ミノキシジル(個人輸入したハゲ対策の薬)を毎日欠かさず飲む。
  • Webやインターネットに詳しくなる。
  • 労働をせずとも金銭面の不安がなくなる仕組みを構築する。
  • トランペットを吹けるようになる。
  • 最低限の英語の勉強をする。

無難な目標を書き連ねる。

本当は考えれば考えるだけもっとたくさんのネタがあるけれど、それはひとまず小出しにしていく。

 

 

いい感じに撮れた写真を貼っておしまい!